2004年4月24日

手術当日

手術が終わって先生二人(院長先生と副院長先生)がその場を去ると、分娩室は和やかなムードになった。私もまだ麻酔が効いているので痛みはなく、持ってきてもらった自分のパジャマを着せられると、ただ台に乗せられたまま、ボーっとしていた。看護婦さんは後片付けらしきものをしている。

後から来た看護婦さんが「来たら○○さん(←私の苗字)の手術始まってるんだもん、びっくりしたよー。昨日は”外出してきましたー”、なんていってたぐらいだったのにね。」とニコニコ。…確かに昨日の夜まではまさかこんなことになるなんて思いもよらなかったなぁ、と考える。

 どのくらいたったのか全然分からなかったけれど、準備が済むと私は病室へ戻ることになった。…とはいえ、麻酔が効いていて自分で動けるわけはないので、看護婦さんが担架(?)らしきもので運んでくれた。運ばれるとき、手などがその辺のものにぶつかるといけないので胸の辺りに手を置いといてと言われたんのでそのとおりにした。点滴をつけたまま(そして多分尿の袋もつけつつ)ガラガラと私は運ばれた。分娩室(手術室も兼ねる)とは同じ階だったのですぐに病室に着いた。

すると病室ではちょっと涙ぐんだようななんともいえない表情をした母が待っていた。
ベッドに下ろされると、手術の間もしていた、心電図をとるような機械を指につけけられた。足にはマッサージ機をつけられた(血栓症予防)。
そこで再び吐き気が襲ってきたので看護師さんに訴えると、ビニール袋&ティッシュに吐かせてくれた。このときは吐くと気持ち悪さは落ち着いた。

看護婦さんが去るとしばし母と二人きりになった。何を話したかはもう覚えていないけれど、母が朝早く病院から電話が来てびっくりしたと言われたような…。

 しばらくするとダンナとお義父さんが到着。
 まずはダンナが「具合どう?」と聞いてきたので「今のところは麻酔が効いてるから大丈夫」と答えました。義父もねぎらいの言葉をかけてくれました。でも、ダンナはすぐにでも子供に会いたそうでした。
連れて来られるかどうか聞いたらOKが出たようなので、赤ちゃんが病室に運ばれてきました。
もちろん私は手術室で会ったきりのわが子。しかもベッドから起き上がれないので何もできません(汗)
でもみんなはわいわいと赤ちゃんを囲んでいました。
私も、まだ麻酔が効いていてしかも術後すぐでハイにもなっていたのか、みんなとたくさん話したような気がします。
途中でやってきた看護師さんは「産後は疲れているから、早めにみんなに帰ってもらったほうがいいよ」と耳打ちしてくれましたが、そのときの私は人がたくさんいることが嬉しかったので全く苦ではなかったです。ただ、後から考えると、麻酔が効いているそのうちにもう少し休んでおけばよかったなあと、ちょっと後悔(笑)

そしてその後、ダンナは会社に戻るし、他の人たちも一旦帰ろうということになり病室を出て行きました。(その後、近くの蕎麦屋で昼食をみんなでとったそうです)

そこまではよかったのですが…。
悪夢はそこからでした(TдT)あうー

夕方からだんだん麻酔が切れ始め…。
後から実母と弟とが何か荷物を届けてくれたのですが…あまりの痛さにまともに話ができませんでした…(汗)

そこからは一晩中の痛みとの闘い。
お腹を切った痛さと後陣痛が混ざって何の痛みだかわからない。
痛いし、脚に血栓症予防のマッサージ器がつけられているので、体勢を変えて痛みに耐えることもできず、そのままの仰向けの体勢で歯を食いしばって痛みに耐えるしかありませんでした。
時間も見ている余裕もありませんでした。
痛み止めの点滴も、痛み止めの座薬も、一定時間、間をあけないと使えないそうで…。
ただ、前日あまり眠ってなかったのも手伝ってか、痛みと闘っているうちにいつのまにか眠りに落ちていました。