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2008年3月 2日

お産について:自分の心の小さな変化

愛するダンナ様との間に一男一女をもうけて、子育ても順調で(細かいことを言えばもちろんいろいろあるけど汗)・・・しみじみ

幸せ、ってこういうことを言うんだろうなあ・・・ぽっ

って思うようになりました。
もちろん、『幸せ』の定義は人それぞれで、いろんな形の幸せがあるけれど、私の中での幸せっていうのはこういうことじゃないかな、って・・・。
そんな中でふと、自分の心にちょっとした変化が起きていることに気づきました。ほんと、ちょっとしたことで、こんな風に記事にするのもためらったぐらいの些細なことなんですが・・・苦笑

それは・・・


他人のお産の記録とかよくネットで読んでて、以前はいちいち気になってたことがあって・・・。
それは、陣痛の痛みに耐えているときの表現でよくある

何度ももう、切って出してほしい!と思った

というような表現。(思っただけじゃなくて、実際に叫んだ!という方もいらっしゃいました。)多分、ほとんどの出産記録に出てくるんじゃないかなあ。

ご存知のとおり、私はむにもぷにも帝王切開で産みました。
陣痛の本当の痛みを知りません。
でも、帝王切開による痛みは十分味わいました。
だからこそ、上記のような記述を見るたびに、

するってーとナニかい?陣痛より切るほうが楽だってことかい?帝王切開をナメてんのかい!怒(←敢えて江戸っ子風にしてみました。笑)

って、なんとなく反発を覚えていた自分がいました。(皆様ごめんなさいっ汗

でも、今は思います。
確かに、そう思ってもしょうがないんだろうなあ、って。
だってその痛みは、持続する&いつ終わるとかはっきりとしたことは分からないんだもんね。そんな中で痛みと闘わないといけないんだもん・・・。そりゃ、切って出してしまえばすぐに楽になるって思いますよね。当たり前だよなあ、って。もちろん、本格的な陣痛を知らない私にすると、その痛みは想像でしかないけれど。
でも同時に、そんな壮絶な痛みと闘いつつ自然分娩で産めた人に対して

「切らなくて、陣痛に耐えて、よかったねにこっ

って思います。
だって、帝王切開なんて、しなければしないほうが絶対にいいもの。
私だって、帝王切開じゃなくて産めるならそうしたかったよ。
といっても、帝王切開という出産方法を卑下してるわけじゃないですよ!!(あったりまえじゃあないですか!帝王切開だって立派な出産だあっ!拍手
ただ、帝王切開は、手術だからそれ自体危険だし(←意外とここ誤解されてるよね)、産んだ後が相当きついし(そのときそのときで程度の差はありますけど)、一度帝王切開してしまえば、次に産む時に自然分娩したくても、相当のリスク(それこそ、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際)を負わなければできないし。帝王切開は回数が制限されるし(子供産む以外に何かの婦人科系の病気で手術するかもしれないことを考えると、普通3回までらしい)。

というわけで、他人の出産記録も心穏やかに読めるようになりました(いまさら。笑)
今までこんな些細なことが気になってたの?って思う人もいるかもしれない。
でも帝王切開ママは、こんなモヤモヤも抱えてたりするものなんです。
世の中には、「帝王切開だから痛みを知らずに産んだ」とか「楽でよかったね!」とか、間違った認識がうようよしてて。もちろん、自分自身も自分が直面するまではそんな間違った認識を当たり前と思ってたりして、自分の理想のお産とのギャップがあったりとか、それはまあ色々悩んだりも傷ついたりもするわけです汗


でも、産んでしまえば出産方法なんてどうでもいいことだよな、とも思います。(妊婦時代はかなり重要事項ですけどね)
確かに、ママ友たちの間で陣痛の痛さの話になると入っていけない寂しさはあるけど、そんな話が出ることは子供が大きくなればなるほどほとんどないし。
帝王切開でも自然分娩でも、とにかく子供が無事にこの世に生まれることが一番大事。

今の幸せは、すべてそこから始まっているんだから。


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