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5)喜びと不安と5)喜びと不安と

陽性反応は見られたものの、なぜか朝・昼・晩に一度ぐらいずつ出血(=茶色いオリモノ)していた私。
考えたくもないけどいろんな悪い事態が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・・・・。

まだ何も見えないと思いつつも、出血が心配で近くの産婦人科に行くことにしました。
そこは、『赤ちゃんが欲しい』ということで何度か相談に行った場所であり、最後には「うちはこれ以上はできいないから、専門の医者に行って」と突っぱねられた病院でした。でも、家から一番近い産婦人科だったから、そこにしたのです。
でも、その判断が間違っていたと、後で後悔しました。

 
診察室に入り、市販の検査薬で陽性が出たことと、それでもまだちょっと出血があることを告げると、その医者は私にとんでもない言葉を浴びせたのです。

「(私の前回生理開始日を聞いて) こりゃまた早く来たねぇ(←いやみっぽく)。何にも見えないと思うよ~。(内診して)ほらやっぱり見えない。」
「出血してるって?(笑いながら)そりゃ生理の血じゃないの~?

確かに今までずいぶんとあっさりした印象の先生だと思っていました。でもなんとか「さっぱりしている先生なのだな」と好意的に受け止めようとはしていたんです。けれど、この言葉を聞いた時、私の気持ちは一気に下降しました。

ショックを受けている私に、その医師はダメ押しのように
「市販の妊娠検査薬で反応出たということだけど、われわれ医者は朝一の尿しか信用しないから。ま、一応月曜日の朝に採尿してきてもらわないとなんともいえないんだよね」
と言ったんです。
そのときは「はい、じゃあ月曜日にまた来ます」と答えたものの、病院を出てからなんだか悲しいような悔しいような気持ちも出てきました。

帰りに、悔し紛れに帰る途中にあるドラッグストアに置いてある妊娠検査薬を2種類買いました。
自分の不安を少しでも打ち消すために、はっきりと陽性を見た『ドゥー○スト』以外で店においてある検査薬を全種類やってくっきり陽性が見たかったのです。

帰ってすぐ、まずクリア○ルー』を試しました。
検査窓をぬらしちゃいけないと書いてあったのに尿がかかってしまってあせったけれど、結果はみるみるうちに(それこそかけてすぐ)陽性。
ホッとしました。

そして次の日の朝にやったのは『チェック○ン』。(病院で「我々は朝一の尿しか信じない」と言われたので朝やってみた)
が、寝起きで手元が狂い、上手くスティックの採尿部に尿がかからず、ちょっとしか尿が採尿部にかからなかったらしく、1分間経っても判定窓どころか終了窓にも線はなし・・・・・・。
失敗か・・・・・・とがっかりして、スティックが入っていた入れ物に入れて汚物入れのビニールへ。
でも昼過ぎに、もし尿が少なかったならもう一度使えるかなぁ(検査薬の説明には失敗したヤツは捨ててほしいとあったけど、もったいなかったので。←貧乏性汗)と思い、ビニールから出してみると、ななななんと、判定窓&終了窓ともに

これでもか!ってぐらい濃い線

が出ていた!
驚いた!
あんなに少ない尿でも反応したのね!と思うとなんだか嬉しかったです。
ちゃんと赤ちゃんいるんだなぁって。
心配もあるけど、赤ちゃんを一番信じてあげられるのは私だし、信じて頑張ろうと思いました。

月曜日、例の医者に朝一の尿を持って受診しました(容器を渡されていたので)。
さすがに医者も、私が妊娠していると認めました。言葉は悪いけど、その瞬間『ざまあみろ!』と思いましたよ。
この日に胎嚢も確認でき、やっと「本当に妊娠できたんだ」っていう実感みたいなものがわいてきました。
けれど、もうこの医者には今後診てもらいたくないと思ったので、2日後、ちょっと離れた総合病院の産婦人科を受診しました。ネットで口コミを検索し、評判もいい病院だったので。
そこでも胎嚢は確かにまた確認でき、そして確実に大きくなってはいた。けれど、肝心の赤ちゃん(胎芽)が見つからない・・・・・・。
そのことに私はショックを受けました。
一応1週間後にもう一度受診して確認することに。
そしてまだ茶色いオリモノは出続けていたので、それも相談すると
「本当は入院して安静にしてもらった方がいいんですけどね・・・・・・」
と言われてしまった。思っても見なかった「入院」の言葉に一瞬私は凍りきました。
でもなんとか入院だけは勘弁してもらったのですが、代わりに、家では最小限のことだけをするように絶対安静を言い渡されてしまいました。
まだこの出血が着床による出血なのか、それとも流産の兆候の出血なのかは医師にも判断が付きにくいとのことでした。
でも、この医者は私に分かりやすいように丁寧に説明してくれ、とても好感が持てました。私の出血を「生理じゃないの?」などと笑ったあの医者とはえらい違いフン
安静令(?)を受けた私を気遣って、家事はほとんど義母がやってくれたのでとても助かりました。色々あるけど、こういうときに同居って助かるなあと感じました。

それからしばらくは、茶色のオリモノ以外は何の症状もなく、義母が全くつわりのない人だったので「もしかすると、うっちょんちゃんもないのかもね」などと笑っていたけれど、これが甘かった...。
5週の終わりごろになると、まず「なんとなく気持ち悪い...」から始まり、日に日にそれはエスカレート。6週はじめにはついにおかゆやゼリーすら食べられなくなりました。
ちょうどその頃はいきなり暑くなった時期で、暑さと気持ち悪さのダブルパンチ。寝ても気持ち悪さが変わるわけではなかったけれど、起き上がっているのはなおさらつらく、寝てばかりでした。大好きなパソコンの前でも長いこと画面を見ていられないし、パソコンを立ち上げる元気すらなくなっていきました。

そんな私の姿に、見かねた義母が実家に帰ってはどうかと提案してくれた。
同じ状態でも、気心知れた実家の方が気が楽なんじゃないかと。
かくして私は実家に帰ることとなったのです。

実家では、確かに自宅にいるよりは心強かったのですが、つわりが楽になるなんてことはなく、むしろ時期的なものかどんどんひどくなっていきました。
ひどいときでは水すらちょびっちょびっとしか飲めないし、ひたすら吐く毎日。
唯一食べられたのは、某会社のフルーツポンチ。似たようなものでもゼリーはダメ。
こんなので赤ちゃんがちゃんと育ってくれるのかとっても不安でした。
しかも、もっと不安だったのが、7週目に入ってもまだちょこちょこと茶色のオリモノが出続けていたこと。
不安で耐えられず、病院に行ってみてもらおうということになりました。

普通なら、今までの病院で受けるのが理想的なことだったのですが、なにしろつわりがひどく、それはできなくなっていました。
実は、自宅から実家に帰る時にはまだ、つわりのひどさは実家に帰ってからの比ではなかったので、検診の時にはいったん実家から自宅に帰って受けるつもりでいたのですが、実家に帰っても症状はどんどんひどくなり、検診のために実家から自宅のあるところまで電車に長時間揺られるなんて考えられないことでした。
そこで仕方がなく、実家の近くの病院に行くことにしたのです。

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